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僕の音楽の原点を見た。

ここは、僕の音楽の原点がある。

僕が8年間音楽とは無縁な職業をしていても消えうせなかった音楽を身につけさせて下さったのが、高校時代にお世話になった榊原達先生、そして奥様の純子先生。全日本吹奏楽コンクール全国大会で常に上位成績を残してきた名門校、東海大学第一高等学校、後に校名が変更され東海大学翔洋高校の元吹奏楽部顧問を勤めていた達先生。私が中学校時代、この高校の演奏に憧れを持ち、進学は絶対あそこに行くんだと決めていた。私の実家から通学に自転車、電車、バスを乗り継ぎ2時間以上掛かった。もちろん朝練があるので毎朝5:40の電車にのる。授業が終え、部活の終わる時間は平均20:00。そこからレッスンにご夫妻のお宅にお邪魔して23:20だったかな…電車にのる毎日。帰宅は午前1時前後だった事を記憶する。人生最大の青春時代を音楽にかけた。しかし、この二人の先生は、僕を世界一のサックス奏者に仕上がる為に、命懸けで僕に向き合って下さった。しかも、サックスが専攻ではないのに。

あの頃の僕に何を伝えたかったのか?

それは、音大受験の為ではなく、演奏家として生きていくという事。そして、選択したその人生を生きていく為の術。師匠の必死を頭で学習したのではなく、身をもって感じとっていた。レッスン、そして過酷な高校生活は本当に辛いもので、毎晩枕元で泣くのが、自然と趣味になっていた事を思い出す。

しかし、だから今がある。きっと。
それをようやく今日実感している。遅いのかもしれないが、きっとこれは神が与えたベストタイミングだと思う。

今日は師匠への感謝の気持ちが溢れ出て仕方がない。
僕は僕でよかった。僕が僕でよかったという事を強烈に実感する。

ここ熊本はピアニストである純子先生の故郷。自分の弟子に最高のおもてなしをしたい感じた。そんな事、普通の師匠に出来る事ではない。普通じゃない。純子先生は、僕が入門した一年前から透析の生活を余儀なくされた。体調が優れない時にも変わらずに毎日命懸け。しかも音楽だけではない。生きるというそのものがだ。その後20年という月日が流れたが、奇跡的に今でもご健在。切り刻んだ身体を駆使して、もしかしたらピアノを弾いたら血管がが破裂して死んでしまうという状況をなのに、今日、私にピアノを弾いてみせた。僕にまだ何かを伝えようとしている。言葉にならない何かを。命懸けで。昔から何も変わらず人生そのものが音楽となっている神。そこに神が本当に宿っていた。これが神に身を任せ、神に身体を貸している状態なんだと感じる。今の僕には到底出来そうにない。本当の目標と、本当の今が見えた瞬間だった。

本当に先生の弟子で幸せ。

明日、師匠の故郷で今の自分の最高を出してきます。

プロフィール

ocarinista

Author:ocarinista
国立音楽大学音楽学部器楽学科サキソフォーン専攻在学中にオカリーナと出会う。サキソフォーンを服部吉之氏、下地啓二氏、吹奏楽法・音楽表現技法を榊原達氏、ピアノ・ソルフェージュを故 榊原純子氏に師事。2004年10月プロ活動開始し、同年12月波多野杜邦氏制作のトリプレットオカリーナ「イカロス」の提供を受ける。2006年イタリアで東洋人初のリサイタルを開催後世界中から賞賛され、国際的に活動する。2014年6月アメリカニューヨークのカーネギーホールで開催された日米親善オカリナフェスティバルにソロ演奏。国内ではサントリーホール・東京オペラシティ、すみだトリフォニーホールなどの著名ホールでリサイタルを開催し、伊勢神宮・伊弉諾神宮・石山寺・二条城などの歴史遺産でもコンサートを行う。また、作曲家「服部和彦」氏に4曲の楽曲提供を受ける。これまでに国内で8枚・海外で4枚のCD、3枚のDVDを世界的に発表。楽器創作では、2008年5月㈲林楽器商会より「Osawa Noble Ocarina」、2010年4月㈱プリマ楽器より「Osawa Ocarina」、いずれも3オクターブの音域を持つトリプレットオカリーナを全国発表し、複数管オカリーナの世界的普及に貢献する。執筆活動では、2013年6月「絶対!うまくなるオカリナ100のコツ」(ヤマハミュージックメディア)、2014年3月「ダブル&トリプルオカリナ入門」(プリマミュージック)を発表。2016年11月「トリプルオカリナコンサートレパートリー」(プリマミュージック)を2巻同時に発表。作編曲家としては、2012年8月に自身初となる全曲オリジナル曲で構成されたアルバムを発表。クラシック、ポップス、ジャズ等、全てのジャンルで賞賛を受け、尚且つ、楽曲と楽器の創作もできる唯一無二の演奏家である。

2008年度国際芸術連盟音楽賞、第3回東京サミット音楽コンクール奨励賞を共にオカリーナで受賞。国際芸術連盟専門家会員。日本著作権協会準会員。フォーカリンク株式会社(台湾)エグゼプティブ・ディレクター、台湾オカリーナフィルハーモニー協会理事。韓国パンフルート・オカリナ協会マスタークラス教授。国際オカリーナアンサンブルコンテスト審査員。
イタリア・ブードリオ市名誉賞受賞。山梨市観光大使、山梨県公認の観光大使「やまなし大使」に就任。山梨オカリナ連盟顧問。

Majoring in saxophone in the instrumental performance department of the faculty of music at the Kunitachi College of Music, Satoshi Osawa first discovered the ocarina while still in school. With parents who were jazz musicians and a brother who performs on trumpet and ocarina, he was raised in a musically-blessed environment.

He began his professional career as an ocarina player in October 2004. In 2006 he became the first Asian ocarina player to give a recital in Italy. He subsequently went on to give concerts in seven different countries around the world, including Italy, South Korea, Taiwan, China, Germany, Austria, and the United States. In Japan, he has given recitals at major concert halls such as the Suntory Hall and Tokyo Opera City, and has performed at historical sites, including the Ise Jingu Shrine and Nijo Castle.

Developing a triple ocarina with a three-octave range, he has contributed the global spread of multi-chambered ocarinas. He won the 2008 Japan International League of Artists’ Music Award and was awarded an honorable mention at the third Tokyo Summit Music Competition. He is currently a professional member of the Japan International League of Artists and a member of the All Nippon Players Association. His reputation for expressing music from the soul precedes him as a next-generation ocarina player.

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